前橋地方裁判所 昭和42年(行ク)1号 決定 1967年12月26日
申立人 松本泰三
被申立人 群馬県教育委員会
主文
本件申立を却下する。
申立費用は申立人の負担とする。
理由
第一、当事者双方の主張
一、申立人代理人は、「被申立人が申立人に対し昭和四〇年二月五日付でした懲戒免職処分は本案判決が確定するまで、その効力を停止する。」との裁判を求め、その理由として主張するところの要旨は、次のとおりである。
(一) 申立人は群馬県立沼田女子高等学校(以下沼女という。)の教諭であつたものであり、同県下の高等学校教職員で構成する群馬県高等学校教職員組合(以下高教組という。)沼田女子校分会(以下沼女分会という。)の執行委員として教宣部長の地位にあつた。
(二) 被申立人は昭和四〇年二月五日「申立人は昭和三九年一一月から同年一二月にわたり校内において管理者たる校長および教頭に対し、数度におよぶ暴行を加え、かつ教頭に負傷を負わせた。このような行為は職場の秩序を乱すものであつて生徒の教育をつかさどる教員としてあるまじき行為であり、全体の奉仕者としてふさわしくない非行と認められる。よつて地方公務員法第二九条第一項第三号の規定により免職処分に付する。」との理由で申立人を懲戒免職処分に付した(以下本件処分という。)。
(三) しかしながら、右のごとき処分事由は存在しない。
(1) 昭和三九年一一月二日の件について
昭和三九年一〇月二八日の校長会において被申立人から各学校長に対して、勤務時間内における組合活動を一切禁ずること、年次有給休暇による不在職員率を一日当り各学校職員定数の五パーセントの枠内においてのみ許可する旨のいわゆる八七〇号通達(教育長通達)が出されたので、沼女校長金井久七(以下校長という。)は同校教頭小渕正已(以下教頭という。)と打合せて同校においては一一月二日午前一一時半から職員室で右通達を示達することとした。一方、沼女分会においては高教組本部から右通達の概略を知らされ、同時に校長交渉によつて不当な右通達を撤回させるようにとの指令を受けたため、分会執行委員会および分会会議を開いて分会員にこの旨を伝えると共に、右通達の不当性を確認した。
かくて一一月二日朝会の席上、予め校長の命を受けた教頭が教職員に対し、本日重要な示達があるから午前一一時半に職員室に集合するよう指示したので、沼女分会執行部ではその後執行委員会を開き、本件通達の示達に際しては十分な説明と質疑応答が必要であるが、当日は慰労会が後に控えている関係から示達を一一月五日(三日は祝日、四日は代休のため。)に延ばすこと等を校長に交渉し、同時に分会会議を開いて通達につき話し合う旨を決定して分会員もこれを了承し、同日午前一一時ごろから校長室内で申立人を含む分会執行委員は校長および教頭等と右示達延期方を中心にして交渉をしたが、校長は文化祭のため示達が遅れていること等を理由に右要求を拒み、意見の一致をみなかつた。他方、右交渉が行われている間、隣室の会議室には分会員等が本件通達に関する分会会議のために参集して交渉の成行きを真剣に見守つていたが、午前一一時半ごろ、申立人が同室内北側黒板端附近に赴き、分会員に対して校長との交渉経過を報告し始めたところ、その最中の午前一一時四〇分ごろ、教頭が校長室より会議室に通ずるドアー附近において、会議室内に向つて、「先生方時間がきましたから職員室に集まつて下さい。」と大声で指示した。申立人は交渉の最中でもあるし、また自己がその経過報告をしているときであるので右教頭の言動を不当に思い、右指示がなされた直後会議室入口から室内をのぞき込む姿勢にあつた同人の面前に歩み寄つて、「いま話合い中ではないですか。」といいながら右手手掌で軽く教頭を制止した。
右制止行為直後、申立人は、教頭同様示達をすべく分会執行委員の了解を得ないで校長室内南側の位置から同室北側出入口方向に向つて歩いてくる校長を認めて、同人の方に歩いて行き、同室内衝立の南側、出勤簿台中間の東前付近において、「待つて下さい。話合い中でしよう。」と言つて左手にノートを持つたまま両肘を曲げ、右手はひらいて同人の胸部付近に向けて両手を前に出して制止した。
以上が同日申立人が教頭および校長に対して暴行したとする処分事由の真相である。
ところで、前記八七〇号通達は第一に勤務時間内における組合活動を一切禁ずるものである点で職員の日常の組合業務に対する職務専念義務の免除の制度を認めている昭和二六年群馬県条例第五号職務に専念する義務の特例に関する条例第二条第三号に違反するか、仮にそうでないとしても、従来勤務時間内における職員団体および職員の組合活動は慣行として保障されてきたものであるから、この慣行上の既得権を侵害するものであつて違法である。次に、前記八七〇号通達は、年次有給休暇による不在職員率を五パーセントの枠内に規制するが、右規制の対象には年次有給休暇に限らず公務出張等をも含む趣旨であるとされており、右五パーセント規制が日々五パーセントの不在者が必ず出すことを予想して設定されていること等から考え、右規制によつて年次有給休暇を二〇日間とする職員個々に対する法の保障を侵害する結果となることが明白である。従つて右の点で右通達は労働基準法第三九条および昭和四一年群馬県条例第四一号による改正前の群馬県立学校職員の勤務時間その他の勤務条件に関する条例第八条に違反する。
そして、沼女分会が個別的な意思の集合を統一的な団体意思に組織しうる独立の実体および機構を有していたものであること、現に高教組本部から示達をめぐる校長交渉の指令があつたこと、本件交渉は重大な勤務条件に関する通達の示達をめぐつてのもので、校長は右事項につき適法に管理、決定する権限を有していたこと等の点に徴すれば、本件交渉は正当な交渉権の行使であるというべきところ、前示のごとく校長および教頭は示達を急ぐ余り、交渉の速やかな円満解決の精神を忘却して、わずか四〇分ほどで交渉を一方的に打切つたものであり、かかる態度は誠実な交渉の義務に違反する。
よつて、以上明らかにしたように不当な通達の示達が校長や教頭の十分な説明を受けないままで強行されることが目前に切迫し、しかも校長らは誠実交渉義務に違反していたこと、申立人は当時分会執行委員たる地位にあつたこと、本件通達等が重大な勤務条件に関連し、申立人らの団結権に直結する問題を含んでいたこと、本件制止行為の態様はとくに粗野とはいえず、むしろ穏当なものであり、その程度も一回的で軽度であること等の事情を考慮すれば、申立人の行為は極めて正当な行為であり、何ら非難されるべきものではない。
(2) 昭和三九年一一月一九日の件について
同日、申立人が教頭に対して暴行を加えたという処分事由の真相は以下のとおりであつて、申立人は何らの暴行もしていない。
すなわち、沼女分会では翌二〇日に予定されていた高教組支部分会代表者会議への出席者を黒岩教諭と決定したため、同教諭は教頭に対し、三回に亘つて翌二〇日の年次有給休暇を請求したが、いずれも当日の不在者が職員数の五パーセントの枠を越えることを理由に拒否された。そして一九日午後四時半ごろ、教頭が帰宅する様子をみせたので、同教諭は会議室において会議中の申立人を含む分会役員らに右の顛末を報告した。そこで分会役員らは同教諭の年次有給休暇を認めるように教頭に働きかけるため、職員室にいる教頭のもとに行こうとして廊下に出たところ、丁度帰宅のため職員室から玄関に向つて廊下を歩いてくる教頭と相対したので、年次有給休暇を認めるよう強く要求したところ、教頭は依然としてこれを拒否し、いきなり反転して廊下を逆の方向へ歩き出し、公仕室を経て校外に退出したのであつて、その際分会役員らが教頭の通行を阻止したことはなく、申立人はむしろ他の者より後方にいて、年次有給休暇を認めるべきである旨発言したに止まる。
(3) 昭和三九年一二月九日の件について
同日、申立人が教頭に対して暴行、傷害を加えたという処分事由の真相は以下のとおりであつて、申立人は何らの暴行もしていない。
すなわち、沼女分会では翌一〇日予定されていた県職員団体連合会(高教組、県教組、県職組)主催の大巾賃上げ要求のための集会参加者を申立人と黒岩教諭とに決定し、このための年次有給休暇をとるべく執行委員その他の分会員約二〇名位は校長室および会議室において、校長および教頭と午後二時四〇分ごろから同五時二五分ごろまでの間、交渉を続けたが、翌日の集会は争議行為のおそれがあるとの理由で年次有給休暇は認められず、結局校長、教頭は交渉を打ち切つて各自席に戻つたのであるが、職員室の自席に戻つた教頭のあとから、まもなく黒岩教諭、やや遅れて申立人が教頭の席付近に到り、さらに年次有給休暇の承認を要求した。しかし教頭はこれを拒絶し、鞄を持つて帰宅しようとして職員室出入口方向の北方に向けて前進し、申立人および黒岩教諭もこれにつれて教頭の方を向いたまま後退したが、結局職員室のストーブ附近で教頭は申立人および黒岩教諭の間を通り抜け、職員室出入口を経て退出した。その間申立人が教頭に暴行を加えた事実は全くない。
(4) 以上のように被申立人が本件処分の理由として掲げる四つの事由はいずれも事実無根か、さもなければ事実から著しくかけ離れた誇張歪曲であつて、本件処分はその処分事由を欠き違法である。
(四) 本件処分は被申立人が処分権を濫用したものである。
本件処分の発令に際しては、被申立人は被害者と称する校長と教頭からの一方的事情聴取によつて、しかも、刑事官憲当局が捜査未了の段階で発令を強行したものであつて、この点で極めて不自然かつ失当であり、処分権を濫用したもので、取消しを免れない。
(五) 本件処分は労働基準法第二〇条に違反する。
被申立人は県人事委員会より労働基準法第二〇条第三項の除外認定を受けないで本件処分を強行し、右処分後昭和四〇年二月八日はじめて県人事委員会に右認定を求めたが、県人事委員会は、同月二六日右認定をしない旨決定した。
(六) 申立人は本件処分の執行停止を求める緊急の必要性がある。
申立人は昭和三八年三月東京学芸大学国語科を卒業し、同年四月から沼女に国語科担当の教諭として勤務するようになつた。その後わずか二年にして本件処分を受け教職から追放されるに至つた。昭和四二年七月二五日本件と同一事由を根拠にする刑事事件の第一審において無罪の判決を得たのであるが、この間すでに二年半を要したことから考えると、本件処分の取消しを求める本案訴訟の判決が確定するまでにおよそ七、八年を要することは必定であつて、処分の日からみれば優に一〇年の歳月を費すことになる。
およそ教育を専門とする者は常に教育の現場にあつて日々教育指導を実践することによつてのみ、人格、識見、技能の向上を目指すことができる。況んや申立人のように教職について二年に充たない青年にとつて、一〇年の空白は、教師としての生涯にとつてかけがえのない貴重な時期を喪失せしめるものであつて、教職を志す申立人にとつて致命的なことである。
また、申立人は、処分当時二万五千円の給与を受けていたが、右収入の外には貯蓄その他の財産はなく、他からの援助がなければ生活を維持できない状況にある。
よつて、申立人において回復困難な損害を蒙りつつあるから、本件免職処分の執行停止を求める緊急の必要性がある。
二、被申立人代理人は、主文同旨の裁判を求め、申立人の申立理由に対する答弁として主張するところの要旨は、次のとおりである。
(一) 申立人の申立理由(一)および(二)の主張は認めるが、(三)ないし(六)の主張は争う。
(二) 申立人の処分事由は、次のとおりである。
(1) 昭和三九年一一月二日の暴行行為
同日午前一一時四〇分ごろ、教頭は校長室から隣りの会議室に通ずる出入口のドアーを開いて、その把手を握つたまま、同日朝会の際全職員に指示しておいたとおり、申立人主張のごとき通達(ただし、五パーセントの枠については後述するように弾力性あるものであつた。)を示達するために会議室に集合していた教職員に対し、「全員時間がきましたから職員室に集まつて下さい。」と指示したところ、申立人はいきなり教頭の胸の中央部を右手手拳で強く突きとばした。その時教頭はぐつとなつた感じであつたが、さいわい把手を握つていたのと、前かがみになつていたため、辛うじてその場に踏止まることができた。教頭は「これは命令です。」と大声で指示したところ、申立人は「命令なら書面にかいて下さい。」と応酬した。申立人は軽く制止したなどといつているけれども、そうではなく、前記のように右手手拳で強く突きとばしたものである。
右暴行行為のあつた直後の同日正午ごろ、校長は校長室南際から会議室に通ずるドアーのところまで歩いて行き、体を横にすれば入れる程度に開いていたそのドアーの把手に手をかけてさらに開いたところ、申立人は校長に対してその胸部を下から両手で突きとばしたものであつて、右の行為も単なる制止行為などとはいえない。その後も申立人は校長に対し再度身構えて暴行を加えようとしたが、持田教諭がこれを制止したので果さなかつた。
(2) 昭和三九年一一月一九日の暴行行為
沼女分会で翌二〇日の高教組支部分会代表者会議への出席者を黒岩教諭ときめ、同教諭が教頭に対して三回にわたつて年次有給休暇を請求したが、教頭はこれに対し、いずれも拒否した経過は申立人主張のとおりである。
しかし、一九日午後四時ごろ、教頭が帰宅のため玄関へ赴こうとして校長室北側廊下を通りかかつた際、申立人ら数名が教頭の面前に立ち塞がり、申立人が急に教頭に近寄つて、両腕を組み、肘で教頭のみぞおちの辺を突き上げるようにして突いた。このため教頭は廊下北側にある窓の敷居に右股の上部後方を打ち当てて止まつたが、その場の危険を感じて直ちにきびすを返して申立人と反対方向へ早足に去つたものである。
(3) 昭和三九年一二月九日の暴行(傷害)行為
被申立人において同年同月八日県立学校長会を開き、一二月一〇日計画された県職連の要求貫徹総決起大会は休暇戦術による統一行動とみられ、校務の正常な運営に支障を及ぼすおそれがあるので、右参加のための年次有給休暇は承認できない旨を指示したが、これを受けた沼女校長金井は一二月九日朝会の席上、全職員に対して被申立人の指示を伝えると共に、個人的事由に基く休暇については校務運営に支障のない限りこれを与える旨附言した。ところが申立人および黒岩教諭から校長および教頭に対して、午後二時半ごろより度重なる右参加のための年次有給休暇の請求があつたが、校長等は結局前記理由でこれを拒否し続け、遂に帰宅のため各自席に戻つたのであるが、同五時半ごろ、職員室の自席にいた教頭の前に申立人および黒岩教諭が立ち塞がり、さらに年次有給休暇の承認方を要求し、教頭がこれに対して拒否するや申立人は同所において教頭に対し、右手手拳でその右胸部を強く突いた。このため教頭は腰を机にぶつけたが、そのまま帰宅すべく申立人の方に向つて、職員室出入口方向に歩き出したところ、申立人は二、三歩後退し、佐藤教諭の机附近に到つて再び教頭に対し、右手手拳でその右腹部を突いた。そして右の暴行により教頭は右胸部筋肉痛の傷害を蒙つた。
(4) 民主主義憲法下にあつては如何なる場合においても暴力の行使が否定されるものであるところ、申立人の前記(1)ないし(3)の行為は生徒の教育をつかさどる教員としてあるまじき行為であり、学校の秩序を乱すものであつて全体の奉仕者としてふさわしくない非行であることはいうまでもなく、その学校内外に与える影響の点からしても被申立人としては断じて軽視できない。なおたとい本件が背景的には職員団体の行為に関連するものであつたとしても、右暴行行為が労働組合法第一条第二項但書の趣旨からして不当であることに変りないのであつて、申立人主張のように事情の如何により正当化されるものではない。
従つて申立人に対する本件処分は適法、有効なものである。
(5) しかし、申立人は各行為の動機、被申立人のした措置等の事情について主張するので、この点について以下述べる。
(イ) 昭和三九年一一月二日の件について
(a) いわゆる八七〇号通達は適法なものである。
右通達は、第一に勤務時間中に学校を離れて職員団体の用務に従うことを禁じているが、この点は当然の措置であつて何ら違法、不当ではない。申立人主張の職務に専念する義務の特例に関する条例は、職員団体の専従職員に関するものであつて、職員の日常の組合用務に対する職務専念義務を免除することを認めるものではないから、右措置は何ら同条例に違反しない。また慣行上の既得権侵害の主張については、雇用関係の本質からしてそのような権利は認められないし、仮に過去において慣行として勤務時間内の組合活動が認められてきたとしても、かかる行為を容認することはむしろ労働組合法第七条第三号の趣旨からいつて不当であるから、使用者の承認が消滅した時点で右の慣行は当然に破られるのである。
右通達は、第二に年次有給休暇についていわゆる五パーセントの規制をしているが、この点も、何ら不当でない。すなわち右規制は県下高等学校の教育行政をつかさどる被申立人が各校における年次有給休暇の承認について全県的な画一を図るため、学校業務の運営を妨げるに至る場合の一基準を設定したものに過ぎず、しかも右規制は個々具体的な事情を考慮して弾力的に運用されることを否定しないのであつて、何ら不当ではない。
(b) 申立人主張の交渉は、正式な校長交渉ではない。
申立人は同日午前一一時ごろから校長交渉がなされた旨主張するが、その実体は分会執行部員が何の断りもなく校長室に闖入し、校長に対して示達を五日まで延期するよう勝手に要望したに過ぎず、正式な校長交渉ではない。のみならず、地方公務員については労働基準法第二条の適用が除外されていること、本件通達は被申立人の校長に対する通達であつて、その示達時期についても被申立人の指示によるものであるから、校長において右通達の内容あるいは時期についての変更権限は有しないこと等の点から考えても、校長が示達延期方の申入れを拒否したことは当然の措置である。
(c) 申立人の行為について緊急性は認められない。
本来県立学校の管理権を有する被申立人がその権限に基いて発する通達は、法令、条例の解釈、運用を明らかにし、管理を適正にする行政指導であつて、その示達自体は何らの権利侵害もなく、従つてかかる性質を有する示達を排除するために他に方法がないほどの緊急性があつたとはいえない。よつて申立人の行為については緊急性は認められない。
(ロ) 昭和三九年一一月一九日の件について
同日教頭が黒岩教諭の年次有給休暇請求を拒否したのは、翌二〇日には、すでに年次有給休暇を承認した者として加藤、林両教諭があり、また出張を命ぜられていた者として須佐教諭があり、さらに佐藤教諭が家族の病気のために休むことが予想されていたため、それ以上認めることは校務の運営上支障があると認めたからである。
(ハ) 昭和三九年一二月九日の件について
校長らが同日申立人らの年次有給休暇の請求を拒否したことは、違法、不当でない。
労働者の使用者に対する年次有給休暇の請求は、個々の労働者と使用者間の問題であつて、職員団体が団体自体の目的達成のための手段としてこれに規制を加え、団体活動のために供せしめることは、右年次有給休暇の本質に反するから、使用者においてかかる請求に対して承認する義務はないところ、同日の年次有給休暇請求は翌一二月一〇日に予定されていた県職員団体連合会主催の統一行動参加のためになされたものであり、さらにその結果地方公務員について禁止されている争議行為の発生をも予想されたため、校長らがこれを拒否したのであつて、右措置は何ら違法、不当ではない。
なお、同日午後二時半ごろから校長、教頭と申立人、黒岩教諭らとの間で行われた折衝の状況は以下のとおりである。すなわち校長らが年次有給休暇の承認を拒否したところ、申立人らは校長室より会議室へ、次いで廊下、事務室へと校長らの後に追いすがり、最後に職員室にのがれた教頭のあとを追つていつたものであつて、特に校長は申立人の暴行行為を回避することに精一杯で、およそ労働法上期待されるところの交渉とはかけ離れたものであつた。
(三) 本件処分は被申立人が処分権を濫用したものではない。
当時校長から被申立人に対し、申立人の本件行為の顛末につき、その職責として校長名による報告書が提出されたが、これは被害者自身の報告書でもあり、また公文書として信頼するに足るものであつた。しかし、被申立人としては、右報告書によるほか、事務局職員を現地に派遣して右報告書記載の事実の存否、態様、程度について直接調査せしめて確認した上処分をしたのであつて、なんら処分権を濫用したものではない。
(四) 被申立人は労働基準法第二〇条に違反していない。
解雇予告手当の支払がなくても、解雇の通知後同条所定の三〇日を経過するかまたは通知後に同条所定の予告手当の支払をしたときは、そのいずれかのときから解雇の効力が生ずるものである(最高裁第二小法廷昭和三五年三月一一日判決参照。)。被申立人は、昭和四〇年五月一一日支払通知書(金券)をもつて解雇予告手当相当金員を申立人に送付し、申立人が即時右金員を受領し得る措置をとつたのであつて、今日においては申立人主張の事実は、本件処分の効力に影響を及ぼさない。
(五) 本件処分の執行停止を求める必要性は存在しない。
仮に本件処分の日から本案判決確定の日まで申立人主張のごとく一〇年を経過するとしても、中年を過ぎてから教職につく者があることからも明らかなように、そのことだけで申立人に致命的な損害が生ずることはない。その間は教師としての修養が空白になるなどということはあり得ず、要は本人の心がまえの問題である。このことは群馬県において専従職員として一〇年以上組合業務に従事している例が多くある点からみても明らかである。
また、申立人は昭和四〇年二月五日附をもつて本件処分を受けたのであるが、昭和四二年九月一日に至つて始めて本件処分の取消を求める訴えを提起したのである。その間申立人は組合業務に従事し、現在は高教組特別執行委員をしており、教職員相当額の報酬を受けているのであつて、右の点からみて生活が維持できない状況ではない。右の報酬がいわゆる救援金であつても、生活が維持できることには変りない。
以上のごとく申立人の蒙る損害は、本案訴訟の結果によつて回復可能であるし、また沼女ではすでに申立人の後任を得て、二年有半新組織により運営されてきたのであつて、これを破壊してまで申立人を復帰させる緊急の必要性がない。
(六) 本件処分の執行停止は、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある。
申立人は本件免職処分の理由となつた事実と同一の事実について刑事訴追を受けているのであるが、もし執行停止の結果申立人が従来の職場に復帰することとなれば、沼女の父兄に対して暴力に対する疑念、不安感を抱かしめるのみならず、教育行政をつかさどる被申立人に対する住民の信頼感を損い、ひいては公共の福祉に重大な影響をおよぼすおそれがある。
(七) 本件処分の執行停止の申立は、行政事件訴訟法第二五条第三項所定の「本案について理由がないとみえるとき」に該当するから、許されない。その理由は前記(二)ないし(四)のとおりである。
第二、疏明関係<省略>
第三、当裁判所の判断
一、申立人が群馬県立沼田女子高等学校の教諭であつたこと、被申立人が昭和四〇年二月五日申立人を申立人主張の理由によつて懲戒免職処分に付したことは、いずれも当事者間に争いがなく、右懲戒免職処分の取消しを求める本訴が昭和四二年九月一日当裁判所に提起されたことは、当裁判所に顕著な事実である。
二、そこで、以下本件処分の執行により生ずる回復の困難な損害を避けるためその執行停止をすべき緊急の必要性があるかどうかの点について判断する。
(一) まず、申立人は、本件処分の取消しを求める本案判決が確定するに至るまでの間、申立人は本件処分の結果教育指導の実践ができなくなることにより、回復困難な損害を蒙りつつあるから、これを避けるためその執行停止を求める緊急の必要性がある旨主張するので、この点につき検討する。
およそ教師が教育の現場に臨んで生徒と接しつつ教育を実践することによつて、より多くの問題点を見出し、そしてこれを解決しながら発展、向上していくものであることは否定できない。しかしながら、逆に教師が教育の実践を離れることによつて現在有する教師としての技能、識見さらには人格そのものが低下するものあるいはその発展、向上が回復困難な程阻害されるものともいい得ないのであつて、むしろその間、絶えず自己の専門分野について研鑽に励み、そのおかれた環境に応じて創意、工夫をこらすことにより、それなりに教師としての自己を向上せしめ、あるいは豊富ならしめることができないことはない。すなわち教師の生涯において、現場における実践のみが全てとはいい難いのである。従つて特に現場における実践を通じての熟練を必須とする職種のような場合は格別、教師であつた申立人については、他に特段の事情がない限り単に教育、指導の実践を離れることによつて必然的に回復困難な損害の発生が予想され、かつこれを避ける緊急の必要性があるものとすることはできないといわなければならない。
申立人が教職について二年に充たない青年であることおよび仮に申立人主張のごとく本案判決が確定するに至るまで七、八年を要し、本件免職処分の日から通算すると一〇年の歳月を費すことになるとして、これらのことを考慮したとしても、右の結論には変りない。
(二) 次に、申立人は、本件免職処分の結果、申立人は給与を受けられなくなつたのであるが、このためほかに財産のない申立人としては他からの援助なしには生活を維持することができない状況にあるから、その執行停止を求める緊求の必要性がある旨主張するので、この点について検討する。
疏甲第四号証および同第六号証によると、申立人は貯蓄そのほかの財産を有しないために、本件免職処分の結果他からの援助なしには生活を維持できない状況に遭遇したことが疏明されるが、さらに右各疏甲号証および疏甲第五号証によれば、申立人は本件免職処分後二年半以上にわたつて群馬県高等学校教職員組合から金員を支給され、現在は月額金二八、四〇六円を受けていることが疏明される。そして疏乙第一四号証の一ないし四、同第一五号証の一ないし四によれば、申立人は昭和四一年度および昭和四二年度に同組合の特別執行委員をしていることが認められるから、右の金員は組合業務に従事することに対する報酬たる性質を具有し、単なる貸付金や一時的な贈与ではなく、それ自体少なくとも申立人の必要限度の生活の資としての安定性をそなえているものと認めざるを得ない。そして仮に右支給金が、いわゆる救援金とよばれるものであるとしても、本件処分後取消訴訟が提起されるまでの二年半以上の間に亘つて同組合から支給されてきたことおよび組合のこの種救援金自体の性格等からみて、申立人に対する同組合の金銭上の支援が合理的な理由なくして将来直ちに打ち切られるものとは考えられない。そして、右の点に加えて、右金員が申立人主張の処分当時の給与の額を上廻るものである点等から考えると、本件免職処分の執行を停止して給与を支給しなければ申立人がその生活を維持できない程経済的に差し迫つた状態にあるものとは認め難い。
従つてこの点においても申立人につき回復困難な損害の発生が予想され、かつこれを避ける緊急の必要性があるものとは認められない。
三、そして、執行停止をすべき緊急の必要性について他に特段の主張および疏明のない本件にあつては、その余の点について判断するまでもなく、申立人の本件申立を失当として却下すべきである。
よつて申立費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり決定する。
(裁判官 川添万夫 安井章 大田黒昔生)